FC2ブログ

卒業と引退

間割っちゃうけど書かせてもらいます。


3月31日に追いコンをしてもらいました。
大学は卒業しますがそのまま大学院に進学するのでまだ京都にいます。
長いのか短いのかよく分からない4年間でしたがまあこうしてサークルが来年も残りそうで何よりです。
平成28年3月31日追いコン
ともかく昨日を持ってこのサークルからは名実ともに完全に引退します。
これからはサークルの方もブーメランの方も呼ばれれば行く、というポジションに就きます。
ひとまずこの4年間お世話になった皆様には感謝の意を示したいと思います。またこれからも会う機会はあると思うのでその時はよろしくお願い致します。

6代目会長 立花拓也





1回生の春。
経験者の少ない軽い運動サークルと、作曲とか出来る音楽サークルに入ろうと思っていたものの、
環境の変化に弱い自分は新歓期真っ只中に体調を崩してしまい、授業に行くのがやっとだった。
体調を持ち直した頃には普通のサークルは新歓も終わりに近づいていて、顔を出してみるものの既に他の1回生同士は打ち解けていたりして入りづらかった。

そんな中、ブーメランサークルのビラが目に止まった。
3枚ビラを集めればブーメランがもらえるというもので、集めて吉田グラウンドへと向かった。
実は最初ブーメランを投げた時のことをあまり覚えていないが(多分景光さんと新入生が数人いて、ブーメランはある程度戻ってきたのだろう)、二度、三度と昼休みに友人を誘ったりしてグラウンドへと足を運ぶようになった。
人のいる日、いない日などあったがリピーターは自分以外にはいなかった。人の多い日は投げ方を他の1回生に教えるよう景光さんから任せてもらったりしたのを覚えている。多分この辺りから入部の気持ちは固まりつつあった。

その後も必要はないがビラを集めていった。
他のサークルは片面の毎日同じビラを配っている中、ブーメランサークルは見るたびに違い、しかも両面。
枚数こそは多くなかったが新入生に読んでもらおうという気持ちを感じた。
そして集めたビラを読んでると、このサークルの凄さ(個人差があります)を感じた。
世界大会に行ったとか、今年新入生が入らないと廃部とか、、、他あんま覚えてないけど(
さらに入部の気持ちが強まった。

ほどなくしてブーメランを作る会があると言われたので高校の友人を連れ行ってみることに。
作業場には小山と中山がいた。確かアイスランナーを作った。
その後は棒野で景光さんに奢ってもらった。この時期に、しかも一人が三人を奢ることは普通はないはず。
多分一日では完成しなかったと思うので何回か作る会に行ったような気がする。

そして入部希望者説明会。ここで初めて女子を見た。
単にサークルの活動とかを説明する普通の説明会かと思って参加すると、この場で入部するかどうかを決める流れに。
誰も入らないと言わなかったのでその場にいた11人全員が入部。
次回には役職も決まり、製作係と翻訳係になったような気がする。

「なんや、人もいっぱいいるしサークル潰れなさそうやん。1回生だけちゃうから運営も任せられるし、なんと女子もいる!」

今から思ってみればすごいフラグ回収率である。

サークルとはいえ活動に毎回参加するのが当たり前と思って作る会・ミーティングに全部参加していたが、そんな人は他にいなかった。
まあまあ来る人とあんまり来ない人に徐々に別れ始める。
こんな状況を見越していたのか、景光さんは6月に再度、このサークルに残る意志があるかどうかを新入部員に尋ねる。
結果、サークルを掛け持ちしていた4人が退部。
残念な気持ちはあったが、まあそういうこともあるやろ、むしろ白黒はっきりしていて良い、と思った。

夏に北九州で大会があるというのでお金に困ってないかぎり皆行くんやろうなーと思ってたらそんなことはなく、参加者は景光さん、富居さん、篠田、自分の4人。
ただ、この大会がこのサークルを大きく変えたと思う。(個人差が
なんと、10月の世界大会に出ないか、と言われる。
しかも行き先はBrasil.大会までにルールが分かる程度にしか練習していなかったのでそんなんでいいのかとびっくりしたとともに日本のブーメラン界の実情を知ることになる。
そして篠田は行くと言った。自分にも行ってみたい気持ちはあったので、親に相談して参加を決意。
帰りの船で次期会長はお前だろうな、と三人に言われる。
そうやろうな、と思ったし、自分でも少し仕切りたがりなところがあったので頷いた。

本来夏休みはサークルで合宿とか旅行とかして親睦を深めるものだったのだろうが、そんな企画は全て潰れた。サークルらしさが失われた瞬間でもある。景光さんと篠田と自分は日本代表として投げる、投げる、投げまくる。他のメンバーとどうするかということまでは頭は回っていなかった。
そして後期が始まったらすぐブラジルへ。色々あったがそれは過去のブログを見てもらうことにして割愛。
本来はNFも何かしようみたいな話もあったが当然無かったことに。

タコパしたり、鍋したり、スポッチャ行ったり、サークルらしいこともしたが、多くは景光さん主導。3月に送り出した後のことは誰も深くは考えていなかった。

そして2回生の春。
新歓と大会の準備。係を決めたはずなのに誰も主導的に動いてくれない。下宿生は朝のビラ配りに起きられない。
昨年の新歓の真似をしてみたら、昼休みに人は来るものの、作る会までは中々来ない。
結局、部活と掛け持ちの男子1人と、女子2人?
女子は早々に来なくなり、男子は時々来てくれたものの部活と掛け持ちしてるせいで来年こいつには任せられないな、と思った。本人も望んでいなかった。
新歓が終わって以降集まりが更に悪くなる。
というかいつの間にか自分が企画係になっていたし、新歓係も大会係もやっていた。そして会長・会計も引き継いだ。全部俺である。
国内大会に参加していたら、またもや世界大会に行けそうなので行くことにした。篠田は行かないと言った。

3回生春。
結局新入生は残らず、去年と同じメンバーでの新歓。さらに4月下旬は自分は世界大会へ。
世界大会は個人成績が悪かったことを除けば非常に楽しかった。
帰ってきたら最小限の努力で最大の効用を、とか言う名分の基当然のように新歓はしておらず、
2週間キレながら新歓したら何とか伊藤、神谷、吉田(よぶ)の3人が入部。
ちょっとクセが強そうながらも何とか一年間残って来年新歓してもらえるように昨年よりは手厚くサポートしたようなしてないような。
その努力が実った実感は全く無かったように感じたが、何故か1年間全員残って役職の引き継ぎに成功。

4回生春。
神谷の新歓が成功し6人入部。
自分は研究室に配属され忙しくなったことも相まってこの辺から既に関わらなくなる。
役職のない学年が上の人間は語り部でしかないしそれ以上何かをすべきでもない。
役職はなくなったものの実権というか主導権を握りっぱなしなことに気付き、徐々に権力を手放すようにした。

卒論が終わった頃には、完全に「俺のサークル」ではなくなっていた。
もう何も言わなくても役職は働いているし自分の知らないところで練習もしている。
後2年間、大学院生としての猶予は一応残っていたものの何とか間に合った。
ブーメランサークルは「引き継げた」のである。




あたかも独りの努力でサークルを存続させたかのように書いているがそうではない。
色んな人に相談し支えてもらった。
友人、家族、先輩・OB、ブーメラン人、(同期)、、、皆様本当に感謝しています。

そして十人十色の反応の中「サークルを存続させる方法」を自分なりに模索した。
この努力を他人がどう評価するかはともかく、間違いなく頑張った。卒論並みに頑張った(笑)。

皆様への感謝と、この4年間の自分への労いを込めてこの長文を締めます。
ありがとうございました。

comment

Secret

プロフィール

く

Author:く
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム
QRコード
QRコード